NTTは本当に6000億円のWeb3投資に失敗したのか

2026年4月初旬、X(旧Twitter)を中心に「NTTのWeb3事業が完全に失敗した」「6,000億円の投資計画がほぼ全滅」というフレーズが急速に拡散した。「令和の敏腕地面師」とまでコンサルティング大手のアクセンチュアを揶揄する投稿も相次ぎ、瞬く間に炎上トピックとなった。だが、このSNS上の語りはどこまでが事実で、どこからが誇張なのか。時系列の事実を丁寧に整理しながら、NTTのWeb3投資の実態を検証する。

発表の熱狂と、その翌日に起きたこと

2022年11月8日、NTTドコモの井伊基之社長(当時)は記者会見で「Web3事業に最大5〜6,000億円を投資する」と宣言した。日本経済新聞など主要メディアが一斉に報じ、「国内通信大手がWeb3に本気を出した」と大きな話題を呼んだ。

井伊社長は「儲かるようにやらないと私はクビになります。頑張ります」とまで発言し、本気度を強調した。構想の中身は、ブロックチェーンウォレット、暗号資産の取引所機能、トークン発行プラットフォーム、セキュリティサービスなど多岐にわたり、NTTグループを「Web3イネーブラー(実現者)」として位置づける戦略だった。同発表と同時に、アクセンチュアとの提携も正式に発表された。

しかし、この高揚した発表のわずか数日後、暗号資産業界では前代未聞の崩壊が起きていた。ドコモがWeb3への巨額投資を発表した直後、暗号資産界で未曾有のクラッシュが起きた。大手暗号資産取引所FTXが経営破綻し、ビットコインをはじめとする暗号資産市場は急激に冷え込んでいった。後から振り返れば、この時点でWeb3ブームはすでに天井を打っていたことになる。

「6,000億円」という数字の実態

SNSで繰り返し引用される「6,000億円」という数字だが、まずその性質を正確に理解する必要がある。

井伊社長は投資額の内訳について「非開示にしてくれと社内から言われている」と述べ、すべての使い道が決まっているわけではないとも話した。つまりこの数字は、5〜6年という期間で投じる「最大の計画値」であって、すでに投下済みの確定額ではない。「6,000億円」はNTTドコモが公式に発表した「Web3領域への今後数年間の投資計画」の数字であり、全額がアクセンチュアに支払われたわけではなく、インフラ整備や出資、開発費を含んだ総額であることに注意が必要だ。

実際に投下された金額についても、NTTは損失の具体的な金額を公表していない。SNS上で「数百億円規模の損失」という表現が流通しているが、これは公式発表に基づく数字ではなく、報道や分析者の推計に過ぎない。

実際に何が起きたのか:2025〜2026年の撤退劇

「全滅」と形容される具体的な出来事とは何か。確認できる主な事実を時系列で整理する。

NTTドコモのWeb3推進を担う専業子会社として設立されたNTT Digitalは、個人向けのデジタルウォレット「scramberry WALLET」を中核サービスとして展開した。scramberry WALLETは電話番号だけで登録できる手軽さを売りに、暗号資産やNFTの管理・送受信ができるアプリとして展開したが、ユーザー数は伸び悩んだ。暗号資産市場全体の冷え込みに加え、「NTTのウォレットを使う明確な理由」を消費者に提示できなかったことが大きな要因とされる。既にMetaMaskやCoinbase Walletなど先行サービスが存在するなか、後発のNTTが差別化できる要素は限定的だった。

NTT Digitalは2025年7月30日、scramberry WALLETのアプリ提供を2025年9月30日をもって終了すると発表した。法人向けサービス「scramberry WALLET SUITE」についても、2026年1月26日をもって提供終了するとされた。

個人向けサービスの終了について、NTT Digitalは「サービス開始以来、市場環境を注視しながら継続的な改善に取り組んできたが、今後の収益性の確保が極めて困難であるとの判断に至った」と説明した。また同社は、「ウォレットはあくまでユースケースを利用するための入り口であり、それを使いたくなるような魅力的な『中身』とエコシステムがなければ普及は難しい、という点が最大の学びだ」とも述べた。

そして同年12月、組織そのものの消滅が決定された。NTTドコモ・グローバルとNTT Digitalは、NTTドコモ・グローバルを吸収合併存続会社、NTT Digitalを吸収合併消滅会社として、2026年2月1日をもって合併することを発表した。合併の名目は「web3事業をさらに発展させること」とされているが、設立から約2〜3年で専業子会社が消滅したという事実の重みは変わらない。

アクセンチュアへの批判。どこまで本当か

SNSで特に盛り上がったのが「アクセンチュアの間違った指導により全滅した」という語りだ。この主張は、ある意味でもっとも慎重に扱うべき部分である。

「コンサルのせい」というネットが喜ぶ憶測を掛け合わせた”半分ホントで半分誇張”のストーリーだ、という指摘は的を射ている。アクセンチュアがNTTのWeb3戦略の立案やシステム開発に深く関与していたのは事実だが、その関与の中身と責任の所在については、公開情報だけからは断言できない部分が大きい。

アクセンチュアが批判を受けている主な理由として、最大6,000億円という巨大な予算枠に対し、目に見えるプロダクトや経済圏の広がりが限定的であったことが挙げられている。「高いコンサル料を払って、綺麗なスライド資料だけが残ったのではないか」という不信感を生んでいる。

一方で、NTT側の課題として、自社に技術的な目利きができる人材が不足しており、事業のビジョンをコンサルに依存してしまった点も指摘されている。また、保守的な意思決定プロセスをWeb3という新領域にそのまま持ち込んだこともスピード感を損なう要因となった。

皮肉なことに、アクセンチュアとの関係は事業の縮小後も続いている。2026年1月7日、NTTドコモ・グローバルとアクセンチュアは、AIおよびデータ駆動型社会における「Universal Wallet Infrastructure(UWI)」のグローバル展開で協業することを発表した。つまり、あれほど批判されながらも、パートナーシップ自体は維持されているのだ。

なぜ事業は行き詰まったのか

アクセンチュア批判が一種の「スケープゴート化」になっているとすれば、より本質的な失敗の要因はどこにあったのか。

第一に、参入タイミングの問題がある。2022年11月の発表はFTX破綻の直後であり、暗号資産市場は未曾有の崩壊局面に入っていた。にもかかわらず「Web3市場は中長期で回復・拡大する」という楽観シナリオに基づいて巨額投資を推進し、市場環境の急変に対する撤退基準や損切りラインが設定されていなかったとみられる。

第二に、Web3という技術自体のキラーユースケース不在という根本的な問題がある。2022年の発表当時はWeb3ブームの余韻があったが、その後市場は急速に冷え込み、一般のマス層に刺さるキラーユースケースが未だ見つからない中、自前でウォレットを開発し普及させるという体力勝負は、いくらNTTであっても投資対効果に見合わなかった。

第三に、NTTという企業の性質とWeb3の思想的な相性の問題だ。NTTドコモのscramberry WALLETも、NTTが運営する中央集権的なサービスであり、「非中央集権」を掲げながら中央集権的なサービスを提供するという矛盾が、ユーザーにも見透かされていた。通信インフラという既存の安定事業を持つ大企業が、その中央集権的な構造のまま「分散型の未来」を作ろうとすること自体に、構造的な無理があった。

「失敗」なのか、それとも「転換」なのか

中核サービスの終了と専業子会社の消滅だけを見れば、確かに「失敗」に見える。しかしNTT側は一貫して「Web3からの撤退ではない」という立場を崩していない。

NTT Digitalは、scramberry WALLETの終了時にCoinDesk JAPANの取材に対し「NTTグループ全体のWeb3戦略からの撤退ではない」と明言していた。実際に、同社が注力してきたバリデーションサービスやノード運営などのブロックチェーンインフラ事業は、合併後もドコモ・グローバルにおいて全事業が継続されるという。

また2025年11月にはNTTドコモ・グローバルがUniversal Wallet Infrastructure事業を開始しており、一般ユーザー向けのB2Cウォレットアプリという形態を捨て、企業がブロックチェーン技術を導入するためのインフラを提供するB2Bモデルへとシフトしている。これはNTTの本来の強みである「インフラ事業者」という立ち位置への回帰ともいえる。

ただし、当初の「6,000億円」という風呂敷の広げ方や社長の強気発言があっただけに、今回の事業縮小は「大失敗」として面白おかしく語られがちだ。しかしビジネスの観点から見れば、「見込みがないと判断した巨大プロジェクトを早期に損切り(再編)した」とも評価できる。サンクコストの罠に陥り、ズルズルと不要な事業を継続し続ける大企業は山のようにある。

「NTTのWeb3投資が全滅した」というSNSの語りは、「結果としての事実(中核サービスの終了・専業子会社の消滅)」という核心部分において正しい。一方で「アクセンチュアの間違った指導が原因」「6,000億円をすべて溶かした」という表現は、公式に確認できる情報を超えた誇張が含まれている。

より正確に言えば、NTTのWeb3投資は「当初の壮大な構想通りには進まなかった」という意味では紛れもない失敗だが、その要因は特定の企業の失策というより、Web3市場そのものの急冷、キラーユースケースの不在、そして巨大な既存事業を持つ通信会社という性質と新興分散技術の思想的な相性の悪さという、より構造的な問題に帰着する。

NTTが今後B2Bインフラとしての展開でどこまで巻き返せるかは、現時点では未知数だ。ただ、「大企業が巨額を投じてトレンドに飛びついた結果どうなったか」という問いへの答えとして、このケースはしばらくの間、語り継がれることになるだろう。

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