ホルムズ海峡が再閉鎖か、PC・AI業界に影響は。ビットコインも一部下落
Image:Wikicommons
2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対して大規模な軍事攻撃を実施した。イランの最高指導者ハメネイ師の死亡が国営メディアを通じて伝えられると、中東情勢は急速に臨界点を超えた。イランがペルシャ湾岸地域での軍事行動を活発化させる中、石油や液化天然ガスが日々通過するホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥った。イランによる船舶への威嚇や、海上保険料の高騰・引受停止を背景に、多くの海運会社や貿易会社は現在ホルムズ海峡の航行を控えている。
3月5日には、大手海上保険会社が一斉に「戦争リスク保険」の引き受けを停止。保険なしでは船主は経済的にリスクを負えず、結果としてAPモラー・マースク、ハパックロイド、CMA CGM、MSCがホルムズ海峡の通過を停止した。日本郵船・川崎汽船も同様の措置を取っている。封鎖前に1日平均24隻が通過していた原油タンカーは、3月1日にわずか4隻まで落ち込み、以降はほぼゼロが続いた。
ニューヨーク商業取引所の原油先物相場は海峡封鎖以降に上昇し、紛争前は終値で60ドル台だった1バレル当たりの価格は、4月7日に112.95ドルまで上がった。その後、米海軍によるホルムズ海峡での掃海作戦が展開される中、4月18日にはトランプ大統領がTruth Socialで「イランはホルムズ海峡が完全に開放された」と発表した。停戦延長の可能性をはらみながら、情勢はなお流動的な状態にある。
PC・AI業界を直撃する「三重の危機」
ホルムズ海峡の封鎖が世界のエネルギー供給を揺るがしていることは広く報じられているが、PC・AI業界に対する影響はエネルギー価格の上昇にとどまらない。電力コストの急騰、半導体素材の深刻な調達難、そしてサプライチェーンの物流コスト増という三つの問題が連鎖し、業界全体を圧迫している。
台湾・韓国の半導体製造を揺るがすLNGショック
世界の半導体生産の大部分を担うのは、台湾のTSMCと韓国のSamsung・SKハイニックスの3社だ。これらの工場が集中する台湾と韓国は、ともに電力供給においてカタールなど湾岸諸国からのLNG(液化天然ガス)に大きく依存している。テクノロジー産業の基盤はホルムズ海峡を通過する石油・ガスに大きく依存しており、韓国と台湾はガス依存の電力網と湾岸頼みの輸入戦略を併せ持つ。
ホルムズ海峡が機能を停止したことで、中東産LNGのアジア向け輸送は事実上遮断された。電力コストの上昇は半導体製造の変動費に直接響き、ウェハー1枚を製造するための単価が上がれば、最終的にはGPU・メモリ・SoCといったチップの出荷価格に転嫁される。アジア広域やインド太平洋という、グローバルな製造やサプライチェーンの重要拠点におけるエネルギー供給が不安定化し、台湾の半導体製造のような、より高度かつ戦略的な物資の供給にも影響が出てくる恐れがある。
原油高より深刻。ヘリウムショックとAI産業への直撃
エネルギー価格以上に深刻なのが、半導体産業の「縁の下の力持ち」であるヘリウムの調達危機だ。
ヘリウムは宇宙で2番目に豊富な元素だが、地球上では特定の天然ガス田から副産物として微量に抽出されるに過ぎず、人工的な合成が不可能な枯渇性資源だ。イランによる報復攻撃は、世界最大のヘリウム生産拠点であるカタールのラスラファン工業地帯を直撃した。世界のヘリウム供給の約33〜38%を占めるカタールだが、国営カタールエナジーは不可抗力を宣言し、生産を完全に停止している。
ヘリウムの用途を知らない人も多いが、現代の半導体製造においてこの気体は代替不可能な役割を担っている。ヘリウムは極めて高い化学的安定性と全元素中で最大の熱伝導率を持つため、ウェハーの裏面冷却材やプラズマエッチング、極端紫外線(EUV)リソグラフィ工程のキャリアガスとして不可欠であり、代替物質は現在のところ存在しない。日本、台湾、韓国などの主要な半導体製造国は湾岸諸国からのヘリウム輸入に強く依存しているが、各ファブの稼働在庫は通常1週間程度しか確保されていない。
供給途絶が長引けば、工場内のEUVリソグラフィ装置が停止し、先端チップの製造そのものが滞るという事態に直結する。しかもこの問題には物理的な制約が重なっている。ヘリウムはマイナス268.9度の超低温液体状態で特殊な極低温コンテナに封入されるが、液体状態を維持できるのは約35〜48日間に限られる。海峡封鎖を避けて喜望峰ルートへ迂回した場合、輸送日数が10〜14日延長される。その結果、輸送中にヘリウムが気化して大気中に放出される「ボイルオフ」という現象が進行し、目的地に到着する頃には使用可能な量が激減してしまう。この「生産拠点の被害」「海上ルートの封鎖」「輸送容器の時間的限界」という三重苦により、ヘリウムのスポット価格は危機前の2倍以上に高騰し、市場は大混乱に陥っている。
ヘリウム不足はAIを支えるデータセンターにも波及する。AIモデルの学習・推論を行う大規模データセンターには、超電導冷却系や量子コンピュータ関連機器など、ヘリウムを直接必要とする設備も含まれている。加えて、チップ製造における欠陥率の増加や歩留まりの低下は、NVIDIAのBlackwellアーキテクチャのような高性能GPUの安定調達を阻む。AI事業者がGPUクラスタを調達する際のコストが上昇すれば、クラウドAIサービス全体の利用料金にも上昇圧力がかかる構図だ。
メモリ市場の逼迫がさらに悪化
今回の危機が発生する以前から、半導体メモリ市場はAI需要の急拡大によって緊張状態にあった。IDCは2025年12月、デバイス向けの最重要メモリチップであるDRAMとNANDの供給増加率が2026年には過去の水準を下回ると予測した。「メモリ市場は需要が供給を大幅に上回るという前例のない転換点にある」とIDCアナリストは記している。「AIインフラとワークロードの急速な拡大が、メモリエコシステムに重大な圧力をかけている」としており、「消費者と企業双方にとって、これは中期的には安価で豊富なメモリ・ストレージの時代の終わりを意味する」と指摘した。
この需給逼迫にホルムズ封鎖が追い打ちをかけた。Samsung・SKハイニックス・Micronはいずれもエネルギーコストの増大に直面しており、AIサーバー向けの高帯域メモリ(HBM)の製造を優先するなか、一般消費者向けのPC用DRAMやNANDフラッシュの生産余力はさらに圧縮されている。世界のPC市場についてIDCは、中程度シナリオで2026年の4.9%縮小、悲観的シナリオでは最大8.9%縮小を予測している。メモリ価格の高騰はPCの実売価格上昇に直結し、特にエントリーモデルやミッドレンジ帯の製品に影響が出やすい。
物流コスト上昇とサプライチェーン全体への影響
PC・AI関連機器のサプライチェーンは、海上輸送に大きく依存している。ホルムズ海峡の代替として利用できる迂回ルートは輸送能力が限られており、物流の停止に加えてイランやイスラエルが互いのエネルギー施設を攻撃したことで、国際的な石油・ガス価格が上昇した。
海峡を迂回することで輸送日数は大幅に延長され、燃料代・保険料・コンテナ運賃はいずれも上昇する。これはPC完成品だけでなく、電源ユニット・基板・ケーブル類に使われる石油化学由来の素材(ナフサ・プラスチック・樹脂等)の価格にも直撃する。製造コストの増加分がどこで吸収されるかは各社の交渉力次第だが、最終的には製品価格か企業利益のどちらかに転嫁される。
ビットコインは中東情勢に連動して乱高下
PC・AI業界と並んで、仮想通貨市場も中東情勢に鋭く反応している。2026年4月12日、イスラマバードで行われた米イラン和平交渉が合意に至らず決裂したことを受け、ビットコインは71,067ドルまで下落した。米海軍がホルムズ海峡で機雷除去を開始したという発表から数時間以内に約2.5%下落したが、これは海軍の作戦進展よりも外交交渉の決裂を反映した動きだった。
しかしその後、状況は急変した。4月18日、トランプ大統領はTruth Socialで「イランはホルムズ海峡が完全に開放された」と発表した。ビットコインはこの声明が公開されるとすぐに反応し、数分で価格が約77,000ドルに急騰した。この価格はビットコインが2月初旬に取引された水準に相当し、その後60,000ドルの1年半ぶりの低水準まで下落していた分を一部取り戻した形だ。
ビットコインが中東情勢に連動して動く背景には、複数の要因がある。まず、地政学リスクの高まりはリスク資産全般への売り圧力となり、株式・仮想通貨が同時に売られる動きが生じやすい。一方で、ホルムズ封鎖が長期化した場合にはインフレ圧力が高まり、法定通貨の信頼性に疑念が生じた際にビットコインが「インフレヘッジ」として買われるというシナリオも市場では意識されている。ただし、マイニングコスト(電力費)の上昇がビットコインの採掘経済を圧迫するという側面もあり、影響は一方向ではない。
日本のPC・AI産業が置かれた構造的な脆弱性
日本はエネルギー資源の約9割を中東に依存しており、ホルムズ海峡の封鎖は単なるエネルギー不足ではなく、国家経済の存立に関わる事態だ。AI向けデータセンターの拡張が続くなか、安定した電力確保はあらゆるIT企業にとって死活問題となっている。NTTドコモやソフトバンク、NEC、富士通といった日本企業が国内外のAIインフラ整備を進めるうえでも、エネルギーコストの高騰は計画の見直しを迫る可能性がある。
エネルギー価格の変動は単なるガソリン代の上昇にとどまらない。2026年4月現在、日本国内ではすでに大規模な値上げラッシュが進行しているが、ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、この物価高騰に決定的な追い打ちをかけることになる。PCや周辺機器の価格上昇が消費者の購買意欲を冷やせば、国内IT市場全体の縮小にもつながりかねない。
現状と今後
4月18日時点でトランプ大統領がホルムズ海峡の「再開」を宣言したことにより、直近の緊張は一段落した形となっている。しかし停戦はあくまで暫定的なものであり、今後の中東地域からの原油等の供給は各当事国にとっての政治・経済合理性などから正常化が進む妥当性がなおもあるものの、実際の正常化パスは不確実性が高く、一時的な供給途絶の可能性も排除されない。
PC・AI業界にとっては、封鎖期間中に悪化したヘリウムやメモリ在庫の回復、電力コストの正常化にはさらに時間がかかる。特にヘリウムは一度供給が途絶えると在庫の積み増しに数週間を要し、半導体工場の操業正常化まではタイムラグが生じる。今回の事態は、AI需要が急拡大するなかで半導体産業がいかにエネルギーと素材の安定調達に依存しているかを、改めて浮き彫りにした出来事として記憶されることになるだろう。
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