SakanaAI、「Sakana Fugu」を正式リリース 複数モデルを束ねることでFable超えの性能に
2026年6月22日、東京を拠点とするAIスタートアップSakana AIは、マルチエージェントオーケストレーションシステム「Sakana Fugu(サカナ・フグ)」の一般提供を正式に開始した。複数の最先端大規模言語モデル(LLM)を内部で動的に呼び分け、ユーザーには単一のAPIエンドポイントとして提供するという新しいアーキテクチャが特徴だ。上位モデルの「Fugu Ultra」については、AnthropicのFable 5やMythos Previewといったフロンティアモデルと肩を並べる性能をベンチマーク上で示したとしており、AIの性能競争に新たな視点を持ち込んでいる。
「単一の巨大モデル」ではなく「協調するエコシステム」へ
Sakana AIはデービッド・ハ氏とリヨン・ジョーンズ氏らが2023年に設立した企業で、生物の進化や自然界のアルゴリズムからヒントを得た独自のAI研究を続けてきた。「AI Scientist」と呼ばれる自律的研究システムや、モデルのマージ技術を活用した日本語特化モデルの開発などで知られる。今回のSakana Fuguは、同社の研究の集大成ともいえるプロダクトとして位置づけられている。
近年のAI開発は、より多くのパラメータとデータを投入して単一の巨大モデルを訓練するスケーリング路線が主流だった。しかしSakana AIは創業以来、その方向性とは一線を画し、「最も強力なAIシステムは孤立した一枚岩ではなく、協調するエコシステムから生まれる」という考え方を中核に据えてきた。Sakana Fuguはまさにその哲学を商業サービスとして具現化したものだ。
システムの仕組みを簡単に説明すると、Fugu自体が一種の言語モデルであり、「どのモデルにどのタスクを任せるか」「エージェント同士がどう情報をやり取りするか」「複数の回答をどう統合するか」を学習している。ユーザー側から見れば通常のAPIとまったく同じように使えるが、内部では複数のLLMが連携して作業を分担する。モデルの選択、タスクの委譲、結果の検証と統合はすべてFugu側が自律的に処理し、ユーザーのコードに複雑さが及ぶことはないとされている。
このアーキテクチャの技術的な裏付けとなっているのが、2025年末に投稿されICLR 2026に採択された2本の論文だ。ひとつは「TRINITY」と題した進化型LLMコーディネーターの研究で、思考・実行・検証という役割を動的に割り当てるアプローチを提案している。もうひとつは「Conductor」と呼ばれる手法で、強化学習を通じてエージェント間の自然言語コミュニケーション戦略を自律的に獲得させる内容だ。いずれもSakana AIの研究チームによるもので、Fuguはこの2つの成果を商用製品として統合した形にあたる。
FuguとFugu Ultraの2モデル体制
今回のリリースでは、ワークロードの規模や要求水準に応じて使い分けられる2種類のモデルが提供される。
標準モデルの「Fugu」は、高い性能と低レイテンシのバランスを重視した日常業務向けだ。コーディングのコードレビュー、チャットボット、分析ツールへの組み込みに適しており、データやプライバシー上の要件がある組織向けに、エージェントプール内の特定モデルを除外する設定も用意されている。
上位モデルの「Fugu Ultra」は、多段階の複雑なタスクに対して回答の品質と深度を最大化する設計で、より多くの専門エージェントを動員して処理にあたる。公式ブログによれば、ベータプログラム中には約500名のテストユーザーが参加しており、AI研究の自動化、サイバーセキュリティ分析、論文の再現実験、特許文献の網羅的調査といった用途での利用が報告されている。

実際に使用したユーザーからのコメントとして、Sakana AIは複数の事例を紹介している。あるソフトウェアエンジニアは「コードレビューにおいて、他のツールが3件程度の問題を指摘するところを、Fugu Ultraは20件以上を洗い出した」と述べた。エンタープライズ向けプラットフォームを手掛ける企業の経営幹部は「長時間のセッションでも一貫したペルソナを維持できており、エージェント製品においてはベンチマークスコア以上に重要な特性だ」と評価した。また、あるサイバーセキュリティエンジニアは「単一の指示を与えるだけで、情報収集からXSS・SQLiの検査、認証まわりのレビュー、レポート作成まで一気通貫でこなし、かつ指定範囲を逸脱せずに完了した」と報告している。
さらにSakana AIが公式に示した実験では、ルービックキューブを解くタスクにおいてFugu Ultraが19ステップで解答し、同時に比較されたGemini 3.1 Pro(high)、Claude Opus 4.8(max)、GPT-5.5(xhigh)の中で最短ステップを記録した。
ベンチマーク比較の詳細


同社が発表したベンチマーク結果を見ると、Fugu Ultraはコーディング系・推論系・科学系の複数の評価指標において高いスコアを記録している。SWE-Bench Proは73.7、LiveCodeBenchは93.2、LiveCodeBench Proは90.8、TerminalBench 2.1は82.1。大学院博士課程レベルの科学的専門知識を問うGPQA Diamondでは、FuguとFugu Ultraがともに95.5を記録した。また「Humanity’s Last Exam」では50.0を達成し、Opus 4.8の49.8をわずかに上回っている。
一方で、全指標でFugu Ultraが首位に立つわけではない点も公式資料で明示されている。SWE-Bench ProとHumanity’s Last Examでは、比較対象に含まれるFable 5のほうが上位スコアを記録しており(後者ではFable 5が53.3)、長文脈の記憶評価であるMRCRv2ではGPT-5.5が94.8を記録してFugu Ultraの93.6を上回った。サイバーセキュリティ特化のCTI-REALM評価ではOpus 4.8が69.6でトップとなっている。また、SciCodeなど一部のベンチマークではFugu Ultraよりも標準モデルのFuguのほうが高いスコアを出しており、「オーケストレーションを多くすれば必ず性能が上がる」という単純な関係にはないことも示唆されている。
加えて重要な前提として、Fugu UltraのエージェントプールにはFable 5もMythos Previewも含まれていない。両モデルは一般に公開されていないため、Fuguが内部で呼び出す対象にはなりえない。つまりFuguは、Fable 5やMythos Previewを使わずに、それらと同等またはそれに近い性能を達成したというのが正確な表現だ。また、Fable 5やMythos Previewのベンチマークスコアは各モデル提供元の公表値であり、Sakana AI自身のスコアと同一条件下で比較されたわけではない。ベンチマークの値はSakana AIが自社で計測・報告したものである点も留意が必要だ。
輸出規制への対応とAI主権という文脈
Sakana Fuguのリリースには、技術的な優位性の主張に加えて、明確な地政学的メッセージが込められている。
2026年に入り、AnthropicのFable 5とMythos 5に対して米国政府の命令に基づく輸出規制が発動され、日本を含む一部の地域でのアクセスが制限されるという事態が発生した。Sakana AIはこの出来事を「単一ベンダーへの依存が持つ脆弱性が現実のものとなった」と捉え、Fuguのリリース文の中でも明示的に言及している。「規制の枠組みや輸出管理、各国の政策が変われば、アクセスの条件は一夜にして変わり得る」という表現は、こうした状況を念頭に置いたものだ。
Fuguのアーキテクチャはこの問題に対して構造的な解を提示している。特定のモデルに依存しない設計のため、あるモデルが利用制限を受けた場合でも、Fuguはエージェントプールのルーティングをダイナミックに組み替えることで処理を継続できる。さらに同社は、今後はオープンソースモデルやSakana AI自身が開発するモデルもプールに加えていく方針を示しており、中長期的な安定性への取り組みとして「AI主権(AI sovereignty)」という概念を前面に打ち出している。
ただし、現時点ではFuguが内部で使用するモデルプールの詳細は完全には公開されていない。各タスクで実際にどのモデルが呼ばれたかはユーザー側から確認できない仕組みとなっており、コンプライアンス上「特定モデルを使わないことを保証したい」という要件がある業務には、事前に利用規約と除外設定の適用範囲を確認することが推奨されている。
料金体系と提供形態
Sakana Fuguはサブスクリプション形式と従量課金形式の2通りで提供される。
サブスクリプションは月額20ドル(約3,200円)のStandardプランから利用でき、ProプランはOPの100ドル、Maxプランは200ドルの設定となっている。なお、2026年7月末までにプランに加入すると2か月目が無料となるキャンペーンが実施されている。
従量課金のAPIとして利用する場合、Fugu Ultraは入力100万トークンあたり5ドル、出力は同30ドルが標準レートだ。コンテキストが272Kトークンを超えると入力は10ドル、出力は45ドルにレートが上昇する。標準のFuguについては、稼働中の最上位エージェントの単一レートで課金される仕組みで、複数のエージェントが同時に動いても料金が積み上がらない設計だという。APIはOpenAI互換形式で提供されるため、既存ツールへの組み込みも容易とされている。
「モデル」という概念の拡張
Sakana Fuguが問いかけているのは、性能競争における一つの代替戦略に留まらない。「AIモデル」という概念そのものの拡張という側面がある。
これまでモデルといえば、大量のデータと計算資源を投じて訓練された重みのセットを指すのが一般的だった。Sakana Fuguはその定義を揺さぶる存在だ。Fugu自身は複数モデルを束ねる「コーディネーター」として機能する軽量なLLMであり、最終的な出力は複数の外部モデルが産み出したものを統合した結果だ。しかしユーザーへのインターフェースは単一モデルAPIとして成立している。
この設計思想はNVIDIAのLLMルーターなど既存の「ルーター型」システムとも異なる。ルーターが複数モデルの中から1つを選んで転送するのに対し、Fuguは複数モデルを同時並列的に動員し、役割を分担させ、結果を統合するオーケストレーター的な動作をとる。エージェント間の通信プロトコルや役割割り当ては、ルールベースでなく強化学習によって獲得されている点が技術的な特徴だ。
今後の展開
Sakana AIは今後数か月のうちに複数の機能拡張を予定している。具体的には、エージェントプールの拡充(自社モデルやオープンソースモデルの追加)、長時間・複数ステップにわたるタスクへの対応強化、ユーザーがFuguの振る舞いをより細かく制御できる機能の追加などが計画されている。
今後の課題としては、内部モデルの透明性の問題がある。商業環境では「どのモデルが動いているか分からない」という点が、セキュリティ要件の厳しい企業や政府機関での採用に際して検討事項になりうる。また、ベンチマークの数値はSakana AI自身が測定・報告したものであり、独立した第三者機関による検証が待たれる部分もある。
それでも、スケーリング路線一辺倒のAI業界に対して「協調と委譲によって性能を引き出す」という設計哲学を商用サービスとして問いかけたSakana Fuguの登場は、今後のAIアーキテクチャ議論に新たな論点を持ち込むことになるだろう。サービスの詳細は公式サイト(sakana.ai/fugu/)およびコンソールサイト(console.sakana.ai)で確認できる。
SakanaAI :
https://sakana.ai
https://chat.sakana.ai
https://sakana.ai/fugu/
https://console.sakana.ai
https://sakana.ai/fugu-release/
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